南山第3トンネル・プロジェクト / installation / 韓国文化観光局 The Year of Art 2000
 都市生活者にとって、日常的に少なくない時間を過ごす自動車道路という空間は、人間の活動を根拠とした通常の建築空間と全く性格が異なる。主体は人間ではなく、時速60〜100kmという高速で行き交う交通流が支配する特異な空間である。速度(時間)の通過点の軌跡ともいえる「実体」を伴わないこの空間には、もとよりヒューマンスケールは存在せず、純粋に演算から割り出された数値のみが規定する「虚」の空間とでもいうべきものである。トンネルでは、その100%人工的な空間の特殊性が増幅され際立っていて、その形状は、高速度交通流というチューブ状の時空間のヴォリュームをそっくり内包している。
 「南山第3トンネル・プロジェクト」で試みられるのは、手がかりの無いこの抽象的「空間」を、人間という観察点を含む人間のための「環境」(外界で移り変わる風景に感じ取ることができるような表情のある)に引きつけることである。物理学の実験装置のようなトンネル空間は、デザイナーにとっては、露出した速度と人間の知覚が直に接触し併走する、冷たい摩擦が生じる未知の領域である。ここで求められているのは、速度とドライバーの知覚のインターフェイスを設定しその内容をデザインすることである。知覚不能なまでに加速したテクノロジーの支配を一時的に遅らせ、そこに人間にそなわっている知覚と感覚によってインタラクティヴに情報を取込み圧縮-解凍する方法/アルゴリズムを見いだすことである。
 外界のランドスケープに漸次継続的な変化があるように、時速60〜100kmで展開する時間軸のダイナミクスを作り出すには、トンネルの均質なシークエンスに抑揚をつける。ちょうど音楽を奏でるように。リズムが生まれ、旋律が導き出され、和音が空虚を振幅で満たす。pianissimo, moderato, allegro, , vivace, crescendo, forte, 起承転結のあるナラティヴな視覚のシンフォニーを奏でる。
 全長約1200m、ソウル市の中心部に位置する南山第3トンネルでは、ソウル市の南北の軸線を意識して、人々に馴染みのある民謡の「キョンボックン・タリョン」を選んで音楽を視覚的に表現した。時速60kmで走り抜けるとちょうど60秒足らずである。この60秒の短い時間旅行の体験は、ストレスに疲れた都市生活者のための、ほんのいっときだけのリフレッシュやアジャストメントのきっかけとなることを期待した。